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舞踊

舞踊を通じて身体が表現する精神の世界を語りたい。

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心より心に伝ふる花

今日この頃の琉球舞踊の舞台の傾向、あるいは舞台だけでなく、それを牽引しているリーダー達の動向を見るに付け、世阿弥の『芸術論』に思いを馳せざるをえない。
世阿弥は「奥儀伝」に次のように書いている。
  この道のともがらを見るに、芸のたしなみはおろそかにて、非道のみ行じ、たまたま当芸に至るときも、ただ一夕の戯笑・一旦の名利に染みて、源を忘れて流れを失うこと、道すでにすたる時節かと、これを嘆くのみなり。しかれば道をたしなみ、芸を重んずるところ、私なくは、などかその徳を得ざらん。
  ことさらこの芸、その風を継ぐといへども、自力より出ずるふるまいあれば、語にも及びがたし。その風を得て、心より心に伝ふ花なれば・・・
大意は、次のように考える。
いまどきの能役者たちをみると、芸のたしなみは疎かにして、「本道以外のわざ」のみ
に走り、たまたま能楽に携わる時も、ただ一時の無意味な笑い、あるいは一時のはかないたわぶれ、あるいは一時の名声や利得にかかずらって、能の起源やその伝統を忘れているので、能はすでに廃る時節かと嘆いている。真実の心がけはその逆で、深くこの道に励み、芸を大切に守る心で先人の教えに従い、私心なく修行すれば、必ずや芸道の名利を得るであろう。
特に能の場合、芸の伝承が根本ではあるが、自分で工夫し、体得する「わざ」もあるので、言葉では説明しきれない。芸は、師から芸の伝承を受け、それを基にして自分で会得した花を以心伝心で伝える「花」であるから・・・(カギカッコは私。大意は『世阿弥芸術論集』に拠る)。

世阿弥の嘆きは、まったく今時の伝統芸能に携わる者(当然私も含めてだが)に向けての嘆き、叱責ではないか。
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テーマ:伝統芸能 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2012/09/03(月) 08:52:25|
  2. 舞踊
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ちょっとブレイク

昨日ある研修会に参加した。
新しくその会の会員になったことを認証する認証状の授与があった。認証状授与の段取り悪い。10数名づつをグループにして授与していくのだが、そのグループのかたまりが完全に授与し終わって次の人たちに声掛けがあり、自分の番号がそのグループに入っていたら該当する人達が立ち始める。しかし会場から三々五々集まってしかも自分の番号はその時の何番目かもはっきりしない中で並ぶものだから、そのグループに渡し始めるまでにかなり時間がかかる。
例えば、認証状授与対象の人たちは、初めから番号順に一塊で席に着いて貰うとか・・・何らかの対策があると思う。結局認証状の授与より、一グループが三々五々に集ってくることや、壇上で自分の順番でもめる、そういうのに時間がかかっていた。またそのグループに欠席者がいたら、並んでいる人に一々名前を確認するという事態まで起こった。あらかじめわかる欠席者の分は賞状を別にするなどの配慮をしてもらいたいものだ。
また、その会の全会員には番号が付けられ、ランクがあるらしいのだが、ランクの名前の付け方が面白い。特別研修生、一般研修生、特待生、何と差別のある名前だろう。特別研修生、特待生はどちらも「特」が付き、気分がいいかも知れない。一般研修生は一般人が興味があってサブで研修に加わっているような錯覚さえ起こる。上級、中級、初級位の感覚で受け止めてくれとのことだが、全く失礼な話だ。
その会でやっていることは「県民の宝」という。先行きが見えない。

テーマ:雑記 - ジャンル:その他

  1. 2012/09/03(月) 07:40:39|
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